不動産大手が加盟する不動産協会は、千代田区が要請した新築マンションの「引渡し後5年間の転売禁止」特約について、「実効性に欠ける」との見解を示しました。一方で、短期の投機的転売(フリップ)を抑えるための対策は検討していく方針です。これは、価格高止まりが続くなか(東京23区の新築平均価格は依然高水準)、実需保護と私的財産権・契約実務のせめぎ合いを映す動きと言えます。ここでは、一般消費者の目線でこのニュースの意味と不動産市場への影響、そして契約時に確認すべきポイントを、不動産鑑定士の立場から分かりやすく解説します。
出典:日本経済新聞「マンション転売禁止特約、不動産協会『実効性欠ける』 対策は検討」(2025年9月19日)
1. 何が起きたのか:要点の整理
千代田区は、市街地再開発で販売される新築マンションに対し、引渡しから原則5年間の転売禁止条項を導入するよう業界に要請しました。狙いは、抽選当選→即転売のような短期フリップを抑え、実需層に住戸を回すことです。これに対し不動産協会は「引渡し前までなら対応可能だが、引渡し後の転売を契約で止める実効的手段は事業者に乏しい」「私的財産の処分に関わる権利制限には慎重」と表明。そのうえで、短期転売の抑制策は検討する方針を示しました。
2. なぜ「実効性に欠ける」のか:契約と権利の現実
法規制ではなく「契約特約」で転売を抑える場合、実効性は履行確保手段に左右されます。引渡し前なら、事業者は契約解除や名義変更不承認などの手段を取り得ますが、引渡し後は所有権が買主に移転するため、売主側には転売行為を直接止める法的・実務的な権限が限られます。違約金条項を設けても、立証・回収・訴訟コストのハードルが高く、複数回の再売買や第三者関与が絡むと追跡はさらに困難です。結果、「特約で市場行動を全面的にコントロールする」のは難しい、というのが業界の率直な実務感覚です。
3. それでも「短期転売抑制」を検討する理由
価格高騰と抽選倍率の上昇で、実需の買いづらさが増すなか、実需保護のメッセージは重要です。不動産協会は、国交省が登記情報などで把握する海外在住所有者の実態などのデータも参考にしつつ、より現実的な抑制策の検討を進めるとしています。これは、強制力の弱い「全面的転売禁止」よりも、抽選の厳格化、名義変更の制限、引渡し前の転売(いわゆる“名義差し替え”)の禁止、再販売時の情報連携など、実務で回せるルールを積み上げる方向に舵を切る可能性が高いことを示唆します。
4. 不動産市場への影響:何が起きやすく、何が起きにくいか
短期的には、一律の転売禁止が導入される可能性は低く、新築の販売・抽選プロセスの厳格化(本人確認の徹底、複数当選の抑止、実居住意向の確認など)と、引渡し前の名義差し替えの抑止が進む見込みです。これにより、いわゆる“即転売”のインセンティブは低下し、実需への供給がやや改善する余地があります。一方で、価格そのものを押し下げる効果は限定的でしょう。新築価格を押し上げているのは、主として建設コスト・土地取得コスト・仕様の高度化・人件費だからです。
中期的には、投機的な動きが抑えられるほど、「立地の普遍価値・管理力・間取り実用性」といった基本要素への回帰が進みます。選別色は強まり、人気・非人気の二極化はむしろはっきりするでしょう。郊外・大型の供給が増える局面では、モデルルームの初月契約率の伸び鈍化や、価格調整・販売条件(オプション・入居時期)の柔軟化といった現象も起きやすくなります。
5. 生活者として何を確認すべきか(買う前のチェック)
第一に、契約書の条項を必ず本文で確認してください。転売・賃貸・名義変更に関する制限、違約金、事前承認の要否、例外事由(転勤・相続・離婚・病気など)の扱いは、将来の柔軟性に直結します。第二に、総保有コストで比較しましょう。金利に加え、固定資産税、管理費・修繕積立金(または戸建の将来修繕)、保険、リフォーム費まで含めて10〜20年の費用を見える化します。第三に、出口の想定です。万が一の賃貸化・売却時の賃料レンジ、周辺の成約事例、在庫日数を事前に把握しておくと、家計の耐性が上がります。
6. 投資家としての着眼点(過度なレバレッジは禁物)
短期転売の抑制は、取得競争の過熱を冷やす方向に働きますが、賃料成長・稼働率・修繕費の見通しが変わるわけではありません。将来の金利・出口利回り(キャップレート)をやや保守的に置き、返済余力(DSCR)とLTV(借入比率)にバッファを確保しましょう。人気立地は底堅い一方、仕様・管理が弱い案件や過度に高値の新築は中古転落後の価格調整が起きやすい点にも注意が必要です。
7. まとめ:ルールは「住むための価値」へと視線を戻す
業界が転売禁止の一律特約に慎重なのは、法的・実務的な限界があるからです。ただし、名義差し替えの抑止や抽選の厳格化など、現実に回せる抑制策は前進するはずです。生活者としては、契約の自由度(転売・賃貸・名義変更)と総保有コスト、そして立地の普遍価値(駅距離・生活利便・災害リスク・管理力)で冷静に比較し、自分の暮らしに合う一軒を選ぶことが最善の対策になります。
記事の出典:
日本経済新聞「マンション転売禁止特約、不動産協会『実効性欠ける』 対策は検討」(2025年9月19日 14:15)