今回の報道は、「悪質な工事会社が管理組合を食い物にした」という話だけで片づけると、核心を外します。 むしろ怖いのは、管理組合が「専門家を入れたから大丈夫」と思った瞬間に、発注者としての警戒が眠ることです。マンションの大規模修繕は、住民にとっては十数年に一度の大仕事です。一方、設計監理会社や施工会社にとっては日常業務です。この経験値の差が、価格の差ではなく、支配関係の差になることがあります。 読売新聞オンラインは、関東のマンション管理組合が発注する大規模修繕工事をめぐり、公正取引委員会が設計監理会社2社と修繕工事会社約40社について、独占禁止法違反を認定し、排除措置命令を出す方針を固めたと報じました。記事によれば、工事を受注した修繕工事会社には、計約16億円の課徴金納付命令が出される見通しとされています。 読売新聞は、今回の問題について「住民側の負担が増えていた可能性がある」と報じています。 記事時点では、各社に処分案が送付され、今後意見を聞いたうえで正式命令が出される段階とされています。したがって、個別のマンションで実際にどれだけ損害があったかは、契約書、見積書、議事録、工事内訳書を確認しない限り断定できません。 大規模修繕工事は、外壁、屋上防水、床防水、シーリング、鉄部塗装、仮設足場など、住民だけでは内容を比較しにくい項目が並びます。だからこそ、多くの管理組合は設計監理方式を選びます。設計監理会社が調査診断、設計、施工会社の選定、工事監理を支えることで、施工会社任せにしないためです。 しかし、報道された構図が事実であれば、ここで前提が崩れます。本来は管理組合側に立つはずの設計監理会社が、施工会社側と受注予定者を調整していた疑いがある。そうなると、管理組合が見ていた複数見積りは、市場競争の結果ではなく、競争があるように見せるための紙になります。 価格が高いこと自体は、ただちに談合を意味しません。劣化が進んでいれば費用は上がります。高層マンションなら仮設や安全対策も重くなります。問題は、価格が高いことではない。競争しているはずの業者が、最初から勝者を決めていた可能性です。ここが事実なら、管理組合は価格交渉をしていたのではなく、あらかじめ作られた選択肢の中で承認させられていたことになります。 中古マンションの価値を見るとき、不動産鑑定士は駅距離、築年数、専有面積、階数だけを見ているわけではありません。共用部分の維持管理、修繕履歴、長期修繕計画、修繕積立金の水準、管理組合の意思決定能力も見ます。 なぜなら、マンションは専有部分だけを買う商品ではないからです。買主は、共用部分の将来負担も一緒に引き受けます。過大な工事費で修繕積立金が削られれば、次に起きるのは、修繕積立金の値上げ、一時金徴収、借入、あるいは次回工事の先送りです。 ここで価格に影響が出ます。毎月の修繕積立金が上がれば、買主の実質負担は増えます。一時金徴収の可能性があれば、購入希望者は価格交渉に織り込みます。修繕が先送りされれば、建物の劣化リスクとして評価されます。つまり、談合による工事費のつり上げ疑いは、過去の支出の問題にとどまりません。将来の資産価値に接続します。 ここは誤解しないほうがいいところです。公正取引委員会の課徴金は、違反行為をした事業者に対して国が課す行政上の金銭的不利益です。管理組合が払い過ぎた可能性のある工事費が、自動的に住民へ返ってくる制度ではありません。 だから、管理組合側が見るべきものは、報道の金額だけではありません。自分たちのマンションの工事が対象なのか。対象でなくても、見積り過程に不自然な点がなかったか。設計監理会社の選定、施工会社の推薦、入札参加業者の顔ぶれ、辞退理由、見積金額の並び方に説明がつくか。ここを自分たちの資料で確認するしかありません。 中古マンションの販売広告では、「大規模修繕工事実施済み」と書かれることがあります。買主は安心しがちです。外壁もきれいになっている。足場も外れている。しばらく大きな工事はなさそうに見える。 しかし、不動産鑑定士の目で見ると、それだけでは足りません。見るべきは、工事をしたかどうかではなく、いくらで、どの範囲を、どの手続で、誰が選び、修繕積立金がどれだけ残ったかです。 たとえば、適正な競争が働かないまま高額工事を行い、修繕積立金を大きく減らしたマンションがあったとします。そのマンションは、見た目にはきれいです。しかし、次の設備更新や給排水管工事の資金が不足していれば、買主は将来の負担を買うことになります。外壁の新しさだけを見て買うと、会計の傷を見落とします。 今回の報道を受けて、管理組合が確認すべき資料ははっきりしています。 ここで「専門家がそう言ったから」という説明しか出てこないなら、その管理組合は危ない。専門家を使うことと、専門家に判断を明け渡すことは違います。 管理組合の現場では、「3社から見積りを取ったから大丈夫」という言葉をよく聞きます。しかし、今回の報道が突きつけているのは、その安心の薄さです。 3社の見積りがあっても、受注予定者が事前に決まっていれば競争はありません。他社が高い金額を出す役を引き受けていれば、比較表はむしろ管理組合を納得させる道具になります。 見るべきは、見積りの数ではありません。各社が別々の視点で現場を見ているか。数量の拾い方に差があるか。工法の提案に違いがあるか。質疑の内容に温度差があるか。金額差が、仕様差や数量差で説明できるか。ここまで見ないと、競争があったとは言えません。 設計監理方式そのものを否定する必要はありません。むしろ、大規模修繕のように専門性が高い工事では、管理組合だけで施工会社を選ぶほうが危うい場面もあります。 ただし、設計監理会社の中立性は、肩書きで担保されません。管理組合側が確認すべきなのは、設計監理会社がどの施工会社と過去にどれだけ取引しているか、施工会社から紹介料や便宜を受ける余地がないか、見積参加会社の選定に偏りがないか、工事中の変更増額をどう監理するかです。 中立性は、信じるものではなく、手続で縛るものです。契約書に利益相反の禁止を入れる。施工会社の推薦理由を書面で残す。見積条件を統一する。第三者のセカンドオピニオンを入れる。工事後に単価と数量を検証する。ここまでやって、ようやく「専門家を使った」と言えます。 今回の報道で傷ついたのは、特定の業者名だけではありません。「管理組合が専門家に任せれば透明になる」という前提そのものです。 マンションの価値は、コンクリートの厚さや駅からの距離だけで決まりません。住民が、自分たちの財布から出る1億円、2億円の工事費を、どこまで疑い、どこまで説明を求められるかで決まります。 管理が良いマンションとは、理事が善人であるマンションではありません。疑うべき場面で疑い、記録を残し、説明できない支出を止められるマンションです。 今回の報道を読んで、管理組合が「うちは大丈夫」と思ったなら、そこが一番危ない。大規模修繕の見積書は、工事の値段を示すだけではありません。そのマンションの意思決定能力を映します。買主も所有者も、次に見るべきは外壁の色ではなく、見積比較表と修繕積立金残高です。報道の概要:「透明」とされてきた方式で起きた疑い
談合の本質は「高い工事費」ではなく「競争の消失」
不動産鑑定では、修繕積立金と管理の質は価格形成要因になる
「課徴金16億円」は、住民の財布に戻る金ではない
「大規模修繕済み」は、安心材料とは限らない
管理組合が今すぐ確認すべき資料
見積りが3社分あるだけでは、競争とは言えない
設計監理方式が悪いのではない。検証されない中立性が悪い
不動産鑑定士としての見方
記事の出典
読売新聞オンラインの記事ページ参照資料

