日本建設業連合会(日建連)によれば、2025年8月の国内建設受注額は前年同月比+39%の1兆4254億円と2カ月ぶりのプラス、8月としては過去20年で最高となりました。牽引役は都心部のオフィスビル開発で、民間からの受注は+67%の1兆2149億円。とりわけ不動産業(デベロッパー)からの受注が3倍の5861億円と伸びました。一方、官公庁からの受注は▲22%の2089億円と対照的です。こうした受注動向は、不動産の賃貸・売買・地価・建設コストにどう波及するのか。一般の方向けに、不動産鑑定士の視点でわかりやすく解説します。
出典:日本経済新聞「8月の国内建設受注額39%増 オフィスビル開発がけん引」(2025/9/29 11:59)
まず、数字が示すこと(かんたん要約)
・民間受注は+67%(1兆2149億円)、うち非製造業は+77%(1兆279億円)。
・不動産業(デベロッパー)からは3倍の5861億円。関東で3000億円超の大型オフィス、250億円規模のホテル、150億円規模のオフィスなど大型案件が目立つ。
・運輸業は+51%(1300億円)。関東で700億円規模の倉庫を獲得。
・製造業は+27%(1869億円)。電気機械は3.7倍(438億円)、食品は+56%(488億円)と工場投資も活発。
・官公庁受注は▲22%(2089億円):国▲49%(522億円)、都道府県▲55%(75億円)。政府関連企業は+31%(659億円)で道路工事が寄与。
不動産市場への波及(不動産鑑定士の見解)
1)都心オフィス:新規供給の山が形成へ。立地とプレリースで「強弱」が分かれる。
受注急増は、2〜3年先の竣工ラッシュを意味します。足元のオフィス市況は回復基調の都市が多い一方、テナントの働き方(在宅・ハイブリッド)は定着しており、立地・ビルスペック・環境認証に優れた上位物件へ需要が集中、既存中位物件は空室・賃料で競争が強まりやすい局面です。投資家・金融機関はプレリース(事前賃貸)比率・WAULT(平均残存賃貸期間)・大型解約の有無をより厳しく見ます。賃料の上振れ余地がある一方、供給が重なるエリアではテナント誘致コスト(無償期間・内装負担)がかさみ、想定のNOIに届きにくいリスクも。
2)建設コスト:高止まり継続の可能性。住宅価格・リノベ費に波及。
大型プロジェクトが積み上がると、資材・人件費・職人の確保が難しくなり、建設単価の高止まりや工程の遅延リスクが増します。新築マンション・戸建の価格は企画段階の原価を反映するため、すぐには下がりにくく、既存住宅のリフォーム・リノベ費用にも上振れ圧力が波及します。生活者にとっては「買い時」よりも“持てるか”の総コスト(金利+税+管理修繕/将来修繕)で判断する重要性が高まります。
3)物流・データセンター:供給拡大は続くが、電力・立地規制がボトルネック。
運輸業の受注や大規模倉庫の獲得は、EC・サプライチェーン再編の継続を示唆します。加えて、データ量の爆発でデータセンター需要は強いですが、電力・系統接続・用途地域の制約が計画の遅延・コスト上振れ要因。投資評価では電源確保・近隣同意・BCPの実現性をNOIと同等に重視すべきです。
4)公共投資の鈍化:入札環境はエリアにより二極化。
官公庁受注が減る一方、政府関連企業のインフラ案件は堅調。地域・工種によっては競争性が高まる(価格がこなれる)場面と、熟練人材の不足で不調・不落が生じやすい場面が混在します。自治体の再整備(学校・庁舎・文化施設)は、DB/GMP(上限価格)契約や段階整備でコストを制御する工夫がいっそう重要になります。
私たちがいまできること(実務の視点)
住宅を検討する方へ:新築の価格は原価高の影響が残る可能性があり、築浅中古+リノベを含めた総保有コストで比較するのが現実的です。管理の良い中古マンションは長期修繕計画・積立水準・大規模修繕履歴を必ず確認。戸建ては外壁・屋根・給湯器等の更新サイクルを事前に把握しましょう。
テナント/企業の不動産担当へ:オフィス移転・縮小・拡張の意思決定は、供給増が見込まれるエリアほど賃料交渉・内装負担・入居時期の条件出しが有利。グリーン認証・ZEB/ZEH・BCPが従業員確保や企業開示の面で効くため、総コストで評価しましょう。
投資家・金融機関へ:オフィスは立地・仕様・ESGに資金が集中。出口利回りはやや保守化、プレリース・解約通知・TI/内装インセンティブをCFに正しく織り込むこと。物流・データセンターは電力・規制・工期のリスクを定量化し、LTVとバッファを厚めに。
チェックリスト(保存版)
- オフィス案件:プレリース率/想定賃料の根拠/テナント属性・WAULT/グレード(天井高・床荷重・空調ゾーニング)/環境認証・省エネ性能/インセンティブ条件。
- 物流・データセンター:電源確保(受電時期・容量)/用途・騒音・交通の規制/自動化・省人化の対応力/災害リスク・BCP。
- 建設関連コスト:契約形態(GMP/CM at risk)/価格スライド条項/工期リスクと違約金/主要資材の価格見通し。
- 住宅(新築・中古):総保有コスト(ローン・税・管理修繕/将来修繕・保険・更新費)/ハザード(洪水・液状化・土砂)/生活導線(通勤・教育・医療・買物)。
まとめ:受注は「未来の供給」。数字に一喜一憂せず、立地と実需に根ざした吟味を
今回の受注急増は、数年先の竣工供給の前触れです。都心の優良立地は底堅い一方、供給が重なるエリアではテナント獲得競争や賃料の選別が強まり、建設単価の高止まりは住宅・リノベ費にも波及します。生活者も投資家も、数字の勢いに流されず、立地の普遍価値・CF(家計/NOI)の持続性・出口の見通しで冷静に判断することが、結果としてリスクを抑え、価値を守る近道になります。
記事の出典:
日本経済新聞「8月の国内建設受注額39%増 オフィスビル開発がけん引」(2025/9/29 11:59)