要点
・当初想定の整備費76億円が、建設費の高騰で約109億円(約4割増)に。
・区は2026年度の着工を見送り、市場動向を見ながら再判断へ。
・都内では中野サンプラザ、目黒区民センター等でも公共施設の計画見直しが相次ぎ。
出典:日本経済新聞「練馬区立美術館の建て替え工事、区が着工見送り 建設費高騰で」(2025年9月5日 16:00)
1|なぜ見送られたの?(平たく言うと)
この数年、資材・人件費の上昇が続き、公共工事の見積もりが想定を上回るケースが増えています。練馬区も「今の条件で契約しても不調(入札が成立しない)になるリスクが高い」として、拙速な契約より一旦立ち止まる判断をしました。
生活者目線では…
・無理して契約 → 工事中断・追加費用のリスク
・いったん見送り → 開館が遅れるが、条件を整え直せる
区は後者を選び、ムダなコストや手戻りを避ける姿勢を示した、と捉えられます。
2|住民にとってのメリット・デメリット
メリット
- 無理な発注を避け、税金のムダ使いを防ぎやすい
- 仕様・規模・資金計画を見直す時間ができ、より現実的な計画に
デメリット
- 再開館が遅れ、文化・教育サービスの空白期間が長くなる
- 解体・仮設・維持修繕などの“待つコスト”が増える可能性
鑑定の立場では、「いま建てるコスト」と「待ってから建てる総コスト(延伸に伴う維持費・物価動向・仮設費・機会損失)」を並べて比較するのが基本です。見送りは“やめる”ではなく、“より良く建てるための再設計”と理解すると分かりやすいでしょう。
3|区が取り得る現実的な打ち手
① スコープ(中身)の見直し
- 「必須機能」と「あると嬉しい機能」を仕分け(面積・仕様・材料の最適化)
- 内外装の段階整備(フェーズ化)で初期費用を抑制
② 調達・契約の工夫
- 設計と施工を一体化するデザインビルド(DB)、GMP(上限価格契約)でコストの見える化
- 物価スライド条項、主要資材の早期発注で急騰リスクを分散
- 分割発注・工期平準化で入札の競争性を高める
③ 代替案の比較
- 一棟リノベ(大規模改修)+増築で延命する案
- PFI/PPP・寄付・ネーミングライツ等の民間資金活用
- 休館中の代替展示・地域分散開催で文化機能をつなぐ
重要なのは、初期費用だけでなくライフサイクルコスト(LCC)で比較すること。省エネ・維持更新費・運営人件費まで含め、長い目で最適解を選ぶのが公共評価の王道です。
4|「待つほど高くなる」って本当?(よくある疑問)
- 待てば下がるとは限りません。 物価や人手不足が続けば、むしろ上がるリスクも。
- 一方で、設計の磨き込みや調達方法の変更でコストを抑えられる余地もあります。
- つまり、“ただ待つ”ではなく、“待ちながら条件を整える”ことが肝心です。
5|住民としてできること
- 区の説明会・パブコメに参加し、必要な機能や優先順位を具体的に伝える
- 休館中の代替サービス(分散展示・ワークショップ)の充実を求める
- LCC比較(新築 vs. 一棟リノベ vs. フェーズ整備)の透明な公開を要望する
6|不動産鑑定士からのアドバイス(チェックポイント)
- 需要・便益の見える化:来館者予測、教育・観光・地域経済への波及効果を定量+定性で
- LCCで比較:建設費だけでなく、電気代・修繕・人件費・更新費まで通算
- リスク台帳:物価・金利・人手・工程・法規・地域合意のリスクを洗い出し、対策と費用を明記
- 市場性の確認:発注時期、発注方式、競争性(応札社数)の見通しを客観データで
- 暫定運用の価値:休館期間の文化損失を最小化する代替施策の費用対効果
まとめ
今回の見送りは、「高騰局面での無理な契約を避け、より良い条件を探るための一時停止」です。住民としては、「何を残し、どこにお金をかけるか」の優先順位づけに参加し、区にはLCCとリスクを開示した比較を求めましょう。長く使う公共資産は、急がず、しかし立ち止まりすぎず。データと対話で“最適解”に近づけることが、暮らしの質と税金の納得感の両立につながります。
記事の引用元:
日本経済新聞「練馬区立美術館の建て替え工事、区が着工見送り 建設費高騰で」(2025年9月5日 16:00)